2014年8月20日水曜日

不実の発行開示と課徴金

他方、監査法人や引受証券会社は、これから上場する会社のように知名度の低い発行者の証券でも一般投資家が安心して購入できるよう、自己の評判を発行者に与える評判の仲介者として機能しています。評判の仲介者は、発行者が不実記載をした場合にリスクに晒す評判の大きさに比べて受け取る報酬が極端に低いので、ふつうは発行者の不実記載その他の詐欺行為に協力することはないと考えられます。しかし、エンロン事件では、エンロンに評判を貸与した会計事務所(アーサー・アンダーセン)が解散に追い込まれました。わが国でも、カネボウの粉飾決算をはじめとしていくつかの粉飾事例で名前が取り沙汰された会計事務所(旧中央青山監査法人)が解散に追い込まれており、巨大会計事務所の会計士が上場企業の粉飾決算に関与したのはなぜかが問われています。評判の仲介者にゲートキーパーとしての機能を果たさせるには、どのような法的責任を課したらよいかは、大変難しい問題であり、世界的に議論の的になっています。

発行開示書類に虚偽記載があれば関係者が刑事罰の対象になりますが、刑事罰は対象者に与える影響が極めて大きいために抑制的に運用する必要があり、違反行為のすべてに違反の態様に応じた処罰を与えることは困難です。他方、民事責任は、それを追及するかどうかが投資家の判断に委ねられているうえ、わが国には少額の請求を糾合するクラスアクションの制度がないため、十分な抑止力を発揮できているとはいえません。そこで違反行為に対する抑止力を働かせるために、違反行為の程度や態様に応じて金銭的負担を課す課徴金制度が平成16年改正で導入されました。

課徴金制度の対象は、①発行開示違反、②継続開示違反、③風説の流布・偽計取引、④相場操縦、⑤インサイダー取引に限定されていましたが、平成20年改正は、その適用対象を各種書類の不提出などに拡大するとともに課徴金額を引き上げました。不実記載のある有価証券届出書等を提出した発行者には、発行価額の2・25%(株券等は4・5%)の課徴金が課せられます(172条1項1号)。2・25%とか4・5%という数値は、不実記載のある発行開示書類を用いて有利な条件で証券を発行したことから発行者が得た利得を基準として設定されたものです。これまで有価証券届出書等の虚偽記載に対し課徴金が課された例が相当数あります。

もっとも、発行者が得た経済的利得相当額を吐き出させるだけでは、違反行為を抑止する効果を十分に発揮できません。また、発行価額の一定割合を課徴金の額とするのでは、違反の程度に応じた制裁を課すことにはならないでしょう。不実記載に関与した役員等は、自己が売出しにより有価証券を売り付けた場合に限り、売出価額の2・25%(株券等は4・5%)の課徴金が課せられます。不実記載のある財務書類を不実記載がないものとして監査証明をした監査人(公認会計士・監査法人)に対しては、公認会計士法上の課徴金が課されます(公認会計士法31条の2、34条の21の2)。この制度では、相当の注意を怠ったことにより虚偽証明をした監査人には、虚偽証明期間に係る監査報酬の額を課徴金として課し、故意により虚偽証明をした監査人には、その1・5倍の課徴金を課すことにしています。つまり、ここでは課徴金は経済的利得の剥奪に限定されるという考え方は克服されています。

新規発行証券に関する正確な情報が開示されても、その情報に基づかないで投資決定が行われていたのでは、ディスクロージャーの目的は達成されません。そこで法は、情報に基づいた投資決定を確保するために、証券発行の取引に規制を加えています。届出書が提出されてから、15日後に届出書の効力が発生するまでの間、証券会社等は投資家に対し証券の取得を勧誘することが許されますが、取得契約を締結することはできません(15条1項)。届出書の情報が公開されて広く行き渡り、投資家がその情報を熟慮する期間が必要だからです。参照方式の利用適格要件を満たす場合は、発行者に関する情報が市場に行き渡っていると考えられるのでヽ効力発生までの期間は7日間に短縮されます。届出書の効力が発生していないのに証券を売り付けた者はバ証券を取得した者に対し違反行為から生じた批害を賠償する責任を負います(16年)。