2013年7月5日金曜日

保護主義的な考え方

工場閉鎖や製造業の衰退をもちだして、国際競争の脅威を訴える人がいたら、かつてのシカゴと今のロサンゼルスの違いを思い起こして、こう反論しよう。「昔は昔、今は今。アメリカ経済は今もしっかりと機能している」。ポールークルーグマンは、現代の代表的な国際経済学者である。戦略的通商政策、産業内貿易の理論、経済地理学における新理論、為替レートに関するさまざまな研究など、国際経済学において第一人者としての地位を確立しただけでなく、アメリカ経済学会においてもっとも優れた経済学研究を行った四〇歳までの経済学者に贈られるクラークーメダルの受賞者であることからもわかるように、経済学全般に大きな影響力を発揮している経済学者である。

このように優れたアカデミック研究者であるクルーグマンであるが、その活躍は学界だけにとどまるものではない。むしろ最近は、現実の経済政策に積極的に発言することで、ビジネスマンや政策担当者の間でも名前が知られている。日本経済を「流動性の罠」の状態にあると診断し、インフレ期待を創出させる量的緩和が金融政策として望ましいと主張したことも記憶に新しい。彼の政策論評は、他のおおかたの評論家やエコノミストと違い、きちっとした経済学の考え方に基づいたたいへんに切れ味のよいものであり、多くの゛場合、常識的な議論とまっこうから対立するものとして注目される。

経済学者は、長い間、保護主義的な考え方を打破しようとしてきた。アダムースミスの『国富論』は強烈な重商主義批判であるし、リカードの有名な比較生産費説は穀物法という保護主義的な法案に対する批判のなかから生まれた学説である。しかしクルーグマン自身もほかのところで書いているように(記憶に基づいているので表記は正確ではない)、「保護主義は現実経済の複雑化を背景に、形態を少しずつ変えながらしぶとく残っている。経済学者はそうした保護主義を打破して自由貿易主義を広めなければならないが、そのためには経済学者自身が現実の経済の動きをきちっとフォローして自らの議論をアップデイトしなくてはならないのだ」。

こうした意味からは、経済学者なかんずく国際経済学者であるクルーグマンにとって、保護主義の打破は自らの使命であると考えているのだろう。そうした目で見ると、現代のアメリカにおける評論家、エコノミスト、政治家たちの保護主義的な議論のなかには目に余るものがある。そうした誤った俗説、しかし影響力のある俗説を理論的に打破することは、アカデミズムの本流にいるクルーグマンにとって重要な使命である。本書のなかには、クルーグマンのそうした面がはっきり出ている著名な論文が多数収められている。とりわけ「競争力という危険な幻想」はフォーリンーアフェアしス誌に掲載されて以来多くの反響を呼んだものである。